2020.大阪天下茶屋

在我從事日文教學兩年多以來,發現台灣人大多都是考試天才,JLPT只考閱讀和聽力,因此口說、寫作,通常就是大家最弱的部分。平均而言,從零開始,平均而言大概花一年的時間就可以考到N2(有人可以更快),但空有N2證書,卻還是不敢開口講日文的人很多,把責任歸咎到「在台灣沒有講日文的機會、環境」的人更多,但真的是這樣嗎?

搭好我是楊桑/小筑,2020年從日本碩士畢業後回台,是個自由工作者,大多以中日翻譯、撰文、日文教學維生。若想知道了解我七年前開始接觸日文的契機,可參考下方這篇文章!

以我的經驗來說,很多人是已經有N3或N2程度才開始跟我學日文,但其中有不少人都是考試機器,很會寫選擇題,但完全沒辦法用日文對話。我以前也是這樣,一路上課、一路考試,即使考到N2,講日文卻零零落落,甚至連個自我介紹都掉漆。安捏北賽!

很多人說,能讓日文最快進步的方式,是直接飛到日本生活,廢話,當然啊!但在台灣的人,難道就沒辦法進步嗎?怎麼可能。所以這篇文章我想要用三個重點,來談談中高級學習者的「口說很爛」困境,與解決方式。

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2019,大阪環球影城

JPLT是日文學習者的能力指標,卻同時也是學習阻礙和危機。此話怎解?

學日文的人,在N4程度時會因為動詞變化和越來越繁複的文句結構,碰上第一道想放棄的moment。只要越過那道關卡,便能很順利地攀至N3程度,但考到N3的同時,也會遇上「考試偏執」的魔鬼。

搭好我是楊桑/小筑,2020年從日本碩士畢業後回台,是個自由工作者,大多以中日翻譯、撰文、日文教學維生。若想知道了解我七年前開始接觸日文的契機,可參考下方這篇文章!

是滴!這篇文章要獻給日文的中級學習者,因為「教科書裡的日文是否實用」這個問題是我的學生常有的疑惑。面對這個問題,我很難一語以蓋之,不過大方向的答案,是否定的。

坊間流傳,若只是想要旅遊會話,那擁有N3程度就夠了,這是真的嗎?教科書是死的,對話是活的,若沒有經過一定程度的練習,要開口說日文,其實還是很難。這篇文章我將提出三個方法,讓N3程度的各位不要落入「報考N2的衝動」,而是讓自己的日文更道地、更實用。

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突然有一股想要學日文的念頭,興致高昂買了教科書,但連五十音都沒背完就把書放著長灰塵;
因為工作需要,或一時興起想要自我成長,便氣勢十足抓著大筆鈔票去補習班撒幣,才上完第一本課本,就拿「最近比較忙」等藉口當作擋箭牌,把日文還給老蘇….

這些經驗,你有過嗎?

搭好我是楊桑/小筑,2020年從日本碩士畢業後回台,是個自由工作者,大多以中日翻譯、撰文、日文教學維生。若想知道了解我七年前開始接觸日文的契機,可參考下方這篇文章!

言歸正傳,教學生涯至今雖然只有兩年,教過約40位學生,對於「日文學習者」的困擾和盲點,我也是略知一二三四五。這篇文章想和大家分享的是初級入門的學生比較常遇到的問題:為什麼日文老是學不好?

日文沒有想像中的難,但也不是只有歐伊系、鼠溝以、雅妹碟那麼簡單。我的學生裡,其實九成都曾經學過日文,於是我便開始疑惑,為什麼之前學完50音就放棄了?是遇到動詞變化而退縮嗎?還是學習方式出了問題呢?我統整的結果,大致可以得到以下三種原因:

一、不懂如何「整理學習狀態」

不知道大家知不知道,每年在寫年度目標時,寫得越明確,就越有可能達成?比方說,「今年我要讀60本書」的效能,肯定比「今年要多看書」來的高出許多。

「學習」也是一樣的。比起「只是想學個第二外語」、「常去日本玩所以學一下好了」這種模稜兩可的動機,因為「想聽懂XX偶像說的話」、「將來想去日本唸書」而產生求知欲的人,不僅動機充分,目標也更明確,學習成效自然會提高。

因此,在學生來詢問課程時,我一定會問モチベーション(Motivation)和目標。有些人希望旅遊時能用簡單的日文溝通;有些人則是想結交日本朋友;有些人是急需日文檢定的證書;有些人則是未來想到日本留學或工作….等等。每一種目標,都有相對適合的學習方法,更重要的是,「學習目標」是會改變的!

像我一開始只把目標放在旅遊會話,後來卻跑去唸了一個碩士回來(?)我只能說,人很善變,而人生很多變。所以直到現在,每隔一段時間,我都會再次確認自己的近期目標和遠期目標,同樣,也會把相同問題丟給學生們思考。若是沒有「整理學習狀態」,會漸漸不知道自己需要什麼工具,也不知道接下來該朝哪個方向前進。

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蒸し暑くて、未知な道に踏み出したかった2015年夏のことだった。

いよいよ大学卒業を迎えて、新たなチャレンジをなんでも楽しみにしていたあの日々、私はまだ22歳だった。二つのバイトを掛け持ちしてて、半分は生活費で半分は貯金のため。で、その貯金は疑いもなく、旅行に使うつもりだった。ああいう年齢で、それなりに無駄遣いの特権はあると言っても過言ではないだろうと思うけど。

ずいぶん昔の話になっちゃうけど、初めて日本に行ったのが5歳の時だった。物心がついたばっかなので、記憶は曖昧になったけれど、家族全員も日本のことが好きだから、なんとなく日本はいいところだなーっていうイメージを持つようになった。月日が経つのが早く、22歳、大学を卒業した。ようやく一人で海外旅行に行くチャンスを手に入れて、日本に飛び出した。日本がめっちゃ好きっていったら嘘になるが、あの時は旅行の便利さを含めて考えたら、本気で日本語を勉強しようと決意した。

京都で2ヶ月間の旅をして、いろんな人と出会って、いろんな国の人と友達になった。言語が通じなかったり、カルチャーショックで混乱したり、落ち込んでいたりしながらも、自分は確かに生きてると初めて実感できた。そういう経験が何回も重なって、私にとって京都はもうかけがえのない存在になったとわかった。京都を離れるまで、さよならを言うのがそんなにむずかしいことは知らなかった。観光ビザが切れる寸前、台湾に帰って就活に気合を入れようとした。京都の日々はもう思い出にすぎないことだなーって、寂しいけれども、そう考えるしかなかったんだ。

いや、それより寂しいのは、ロボットみたいに働いて生きてゆくことだ。サラリーマンとして、ロクでもない1年間を経て、このまま仕事しようか、もう一度京都に住もうか、両者の葛藤がしばらくの間続いていた。やっぱ、後者の勝ちだ。悶々とした閉塞感を打開するため、しっかり計画を立て、新しい人生を始めようと志した。

それで、片道のチケットを買って、ひたすら日本語を勉強し、日本留学することにした。3年間滞在していて、一人暮らしの大変さとか、大学院の辛さとか、泣きたくても、寂しいと感じても一人で背負ってゆくしかなかった。母語でない言語で生きて、喘ぎ声を漏らしても自分を励ましながら、ビシビシと素直に自分の弱みに向き合ってきた。そして、大学院卒業。後悔もなく揺るぎもなく台湾に帰国するという道を選んだ。

まったく腐れ縁のように、帰国しても日本語関係の仕事をし続けるチャンスが目の前にきた。今まで日本語と出会って6年間を経ても日本語の勉強は日課だと思ってやっている。日本語に対して自分は勇ましいと周りの人によく言われているけど、正直、どんなに簡単な仕事でも朝飯前だと思ったことは一度もなかった。自分は思いのほか日本語を愛しているんだなって、日本語と出会えて本当によかったと常に感謝を含めて感じている。

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2020年3月留學歸國後,求職網換來換去亦無歸屬,便以日文家教勉強餬口,初嘗自由滋味就回不去了。後來開始以接案的方式,為口袋添加有一頓沒一頓的重量。

2020年底決定成立工作室後,雖然心靈開闊,以「自由」形象大使的姿態在人前光芒萬丈,但內心的焦慮與金錢的壓力,著實地把我壓著打。之前有寫過一篇文章給大家參考、檢測「自己是否適合接案工作」。簡而言之,接案工作最關鍵且最必備的是自制力;最棒的地方是時間彈性、可自由安排;最痛苦的….就是產值問題了(白話文:明天的飯錢從哪來?)。

「我彷彿被囚禁在一座孤島,逐漸被工作的洪流淹沒。」

從今年三月到八月間,自認「超自律」的我,幾乎將接案工作模式開到MAX,不僅schedule水泄不通,心裡也沒一處空閒能通融自己。半年,自己就壞掉了。

為什麼工作?做這件事的意義和價值是什麼?日子越忙,這些問題變得越來越迷糊,前方能見度不高。

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在去年(2020)九月,和朋友無意間成功籌組了讀書會,一開始成員都是我的各方朋友,後來朋友也再帶來朋友,討論就越來越精彩了。

身為一個愛書人,尤其喜歡安靜、平靜地享受與書同行的時間,但為什麼還是需要和大家一起讀呢?因為有些書如果能與人討論、交換心得,延伸出去的世界會更大,收穫更多。

前幾天寫了這篇(⬆️),介紹了幾本上半年喜歡的書籍,但都是適合一個人讀的。這篇文章來介紹幾本適合群聚的書,同時也聊聊讀書會。

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2021年已經過去一半了,從一片光明的年初,到了五月的動盪不安,人生好像被卡住了,但其實也在這段時間得到機會,好好地重新審視自己。獨處的時間變多了,也更有餘裕閱讀。因此這篇文章來分享我在2021上半年最喜歡的幾本書。

小說類

1.《死了一個娛樂女記者之後》(鏡文學/2019年)作者:柯映安

「真相、真話、真實,全都混在海潮聲中不斷拉扯變形,有時有嬌豔鮮花綻放,時而也有不忍直視的惡臭枯花。更行更遠還生。」

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最近はいろいろ考えすぎてしまった。仕事がうまくいけずに、なんか生活を楽しめることもできなくなってきた。

どっちかというと、自分は仕事できるほうだと信じてるけど、なぜか最近は全然やる気が出てなくて、つらいしか思えない。まあ、仕事への好き嫌いにも関わってるけど、それを言い訳にしたくないのだ。

だから、この文章は自分の失敗に向き合うために書くってことは先頭に言っとく。

失敗から逃げたいのは当たり前

「逃げ癖」という言葉がある。ちょっと説明すると、逃げ癖がある人はいつも「逃げる」という選択肢を持ちながら生きている。壁にぶつかってしまうとき、まず最初に思い浮かぶ選択肢が「逃げる」ということなのだ。

失敗したくないっていうのは、誰でもそうだろう?プライドといい、メンツの守りといい、失敗という二文字を気にしない人はいないと思う。けれど、壁に当たるとき、逃げようとする、あるいは堂々と向き合う、あなたはどっちなんだろう?

何れにせよ、「私が悪かった」、「本当にばかでした」をまっすぐ認めるのはそんな簡単じゃないことに違いない。当たり前だ。でも、失敗から学べることが多いというのも疑いの余地がない。

弱い自分を受け入れるのは恥ではない

タイトルの通り、過ちを認めるのは偉いことだと最近そういうふうに思い始めた。私は負けず嫌い人間だし、自分は決して愚かな人ではないと信じてるし、その代わり、万が一ミスを犯したら、より一層自己肯定感が低くなってしまうのだ。

強がらなくても大丈夫よ、って言ってくれる人がいたら、それが最高な幸せだと思ったことがなかった?

私はあるよ。よくある。「とにかく弱みを見せたくない」という強がりに縛られてるから、他人の前ではスーパーマンみたいに演じるしかなくなる。でも、はっきりにいうと、逃げ場を捨てても意味はどこにあんの?

少し考えれば、よくできないときはちゃんと「ごめんなさい」と言える人はよっぽと立派だ。人間っていうのは、いつでもパーフェクトに働くのがとうてい不可能だから、ミスで自分自身は必ず成長できるのを銘記したほうが役立つ。

仕事の調子がいいときもあれば、不調なときがないことはないのだろう。ちゃんと謝って、間に合ううちに償えれば、自分はまだまだ大丈夫だと信じてください。

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社会人になるなんて、恐ろしい話を言うようなニュアンスだけど、念のため聞いておきたいのが、みんな準備できてる?

こういう文章を書いてる自分も決して大したもんじゃないけれど、アラサーという年齢で、やっぱり色々考えたりはしちゃうよ。自らのわがままを任せて、起業してからはもう半年くらい経ってる。成功なんかはもちろんまだ言えないけど、一応インターン5人と一緒にやってきた。自分はある程度、社会人の先輩という立場になってたかな。というわけで、この場を借りて、20代前半の大学生たちに社会人についてのことを伝えたい。

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Yachu Yang

Yachu Yang

京都造形藝術大學碩士|台日相關/文化觀察/行銷活動企劃。開了一間店但戶頭剩三千。